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2008-03-25 Tue
キリンジ10th Anniversary 企画第5弾として、
遂にあの「ビルボードライブ東京」での
ワンナイト・スペシャル・ショウケースが2008年6月21日(土)に決定!!
「KIRINJI 10th Anniversary〜One Night Special Showcase」
今までに無いレストラン形式の会場でキリンジの音楽に酔いしれる機会です。
http://www.naturalize.jp/cp-bin/news/index.php?eid=84
ずっと行ってみたいと思っていたビルボード。
海外アーティストはいつも高くて手が出せなかったビルボード。
高樹兄がスティーリーダンを見に行ったというビルボード。
そんなビルボードでキリンジがライブ!!!
チケット、と、とれるのか??
もしもだけど、冨田恵一が出演したら、
あの世で罰を受けてもいい。
2008-03-23 Sun
キリンジ堀込泰行 トークショー その4その1 http://kirinjiblog.blog102.fc2.com/blog-entry-25.html
その2 http://kirinjiblog.blog102.fc2.com/blog-entry-26.html
その3 http://kirinjiblog.blog102.fc2.com/blog-entry-29.html
堀込泰行に関する5つのキーワードが終わると、
現在のキリンジについての話になりました。
ニューアルバム「7-seven-」が紹介されました。
ミズモト氏がこのジャケットは面白路線なのか、真面目路線なのかと尋ねると、
「自分たちではかっこいいと思ってるけど、面白いと感じてもらえたほうがいい。」
「ほんとは候補にもっと楽しげな写真もあった、二人でクラッカーならしてるやつとか。」
と言ってました。
そしてジャケットについて、ミズモト氏から
「昔、兄の結婚式で見た、兄弟2人の子供の頃の写真がいい!」との提案もw
その写真というのは小さい頃のキリンジ兄弟2人が並んだ写真らしく、
なんでも身長が倍くらい違って、ヤスいわく、
チンパンジーか捕らえられた宇宙人のように見えるそうですw
みてみたいw
そしてここで貴重な音源として、
「Ladybird」と「ジョナサン」のデモテープ
を聴くことができました。
これはファンにはたまらんです!!
両方とも打ち込みとギターで作ったオケ+仮歌といった感じですが、
アレンジはほぼ固まっていて、すごくオリジナルに近かったです。
全体の音色の感じや、ベースラインなんかも一緒でした。
「正規の教育(音楽の)を受けてないので、言葉で音楽を説明できないから、
できるだけ作りこんでからスタジオに持っていくのが最近のやり方」と説明してました。
仮歌に関してはキリンジ好きなら誰でも脳内変換できると思います。
「なつくさと れいでぃーばー」
↓
「ダバディビディ ディービーダー」
こんな感じでしたw
ディビディビ言ってましたw
馬の骨の頃にレコーディングしながら機材を買っていったと話していましたが、
セルフプロデュース以降、打ち込みや自宅録音の技術は相当上がっているように思いました。
(キリンジの2人には早く冨田さんレベルに近づいてほしいな!)
そして、アルバムやライブの告知があり、
2時間近くにわったったトークショーは終わりました。
プレゼントとしてヤスのサインいりAUのスポーツタオルでしたが、
館内のスタンプラリーに参加しなくてはならず、
時間がなかったためゲットはできませんでした。
ちなみにこのイベントのあと司会のミズモト氏とヤスは仲間とともに
裏原宿の鳥料理屋で打ち上げをして、
夜にキリンジとしてラジオ出演の予定があったため、
途中から兄も参加したらしいです!
詳細はミズモト氏のブログで。
(イベントについても詳しく書かれてます。3月18日のところです。)
http://d.hatena.ne.jp/dateo/
あのあともっと原宿ぶらぶらしておけばよかったw
2008-03-22 Sat
遅くなってしまいましたが、ヤスユキ先生のトークショーの続きです。その1 http://kirinjiblog.blog102.fc2.com/blog-entry-25.html
その2 http://kirinjiblog.blog102.fc2.com/blog-entry-26.html
4、ブライアン・エプスタインの仕事
ブライアン・エプスタインはビートルズのマネジャーで、
ビートルズ以外にも様々なソフトロック系のグループを手がけていた人です。
実際にチャド&ジェレミー、ザ・サークルの曲がかけられました。
ヤスは高校時代初期はハードロックとかをやっていたけど、
後半になると単純に良い曲が好きと考えるようになり、
特にマージービート(日本ではリバプールサウンドなんて呼ばれますね。)が、
自分にはぴったりはまるなと感じたそうです。
そして、そのあたりのレコードを聞いているうちに、
好きなグループをてがけているのがブライアン・エプスタインだったことを知り興味をもったみたいです。
(実家に自叙伝があると言ってました。)
このあたりからヤスの高校〜大学あたりの話に。
高校ではフォークソング部に入り、アコギを一生懸命練習したそうです。
スリーフィンガーでの弾き方はこの頃の練習がいまも生きてると言ってました。
で、根が真面目なので、一生懸命やったら、やりたくもないのに部長にさせられたらしいw
(部長になるのが嫌でわざと早めに帰ったりしたけど、ダメだったとかw)
大学に入ると(トークショーでは言ってませんでしたが、確か亜細亜大学です。)
バンドサークルでピンとくるのがなかったので、高校時代の仲間とずっとバンドやっていて、
違う大学のサークルのスタジオなんかで練習してたみたいです。
仲間が多摩美術大学に行っていたので、八王子まで練習に行ったことがあるとか。
(今も使ってるMartinのアコギはこの頃かったと違うインタビューで答えてました。
http://www.j-wave.co.jp/blog/tomorrow/archives/cat_535.php?page=54)
ここで、かなり貴重な音源が聴くことができました!
なんと当時、高校の仲間とやっていたバンドの音源です!
バンド名は
「Hermit Club」
曲名は
「ゼレニモ」
バンド名の「Hermit Club」は”やどかり”の英名のHermit Crabのスペルを一部を変えたものだそうです。
曲の感じは、もうマージービート全開!ビートルズの初期〜中期あたりの感じそのまま。
本人は「よく出来たクローンでしかなかった。」と謙遜してましたが、かなーりクオリティ高かったです。
めちゃかっこよかった!レコード会社の人ともやりとりをしていたと言っていたので、
デビュー寸前まで行っていたのかもしれないですね。
ミズモト氏もこの音源を絶賛していて、
「ファンからはHermit Club再結成待望論がでるかもしれない!」と言ってました。
うん。ぜひやってほしい!(もちろんキリンジは続けたままね。)
5、バーデンパウエル/サラヴァ
このあたりでは大学〜キリンジ結成あたりの話に。
大学を出たあとは就職せずトマトソースを作る工場なんかでバイトしながら、
バンド活動を続けていたけど、バンドはあまりうまくはいかなかったみたいです。
その頃は音楽の趣味もマージービートやソフトロックだけではなく、
いろいろ聞こうと思っていた時期で、なかでもバーデンパウエルはよく聴いたそうです。
ここでは実際にバーデンパウエルとオイゲン・キケロの曲がかけられました。
こういった暗い影のある音楽は、キリンジの「アルカディア」なんかに影響が
あるかもしれないと言っていて、とても興味深かったです。
ミズモト氏からその頃の生活について聞かれたときは、
ヤス 「川原でボーっとしながらソフトロックを聴いたり、図書館でレコードを聴いていた。」
ミズ 「それって今で言うニートじゃんw」
ヤス 「そうかもwでもレコード会社とのつながりも少しあって、曲は定期的に送ってた。」
と言ってました。
そんな頃に兄がヤスに一緒にやろうと声をかけてキリンジ結成へとつながるみたいです。
ミズモト氏が言ってましたが、兄がトークショーのゲストのときに、
埼玉の戸田のスタジオでキリンジのデモテープを作ったときの
スタジオ代30万は全部俺が出したと兄は言ってたみたいです。
ヤス 「うん。あの頃は俺お金なかった。工場のバイト代じゃ無理。」
ナムコ社員とフリーターの経済格差ですねw
兄がゲストのときのトークショーではキリンジ結成話がもっと聞けたそうなので、
行けなかったのが非常に残念です。
このあたりで5つのキーワードに関する話は終わり、
現在のキリンジの話になりました。
つづきはその4で!次でラストです!
2008-03-18 Tue
すごく昔の映像です。原宿KDDIデザイニングスタジオのイベントで司会をしていた、
ミズモト氏はキリンジとは長いお付き合いらしいですね。
否めない ああ、否めない、Jラップww






